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はじめて水俣にいってまいりました

 友人が石牟礼道子さんの作品を最近読んでみて、実際に水俣へ行きたいということで、昨日水俣に行ってきました。
 私も、水俣病のことについては、学生時代から関心がありました。
 私自身もカネミライスオイルを高校時代に食べて体中にできものができて悩んだ経験から、公害に強い関心がありました。それで、水俣病を始め公害にかかわるいろいろな集まりにも参加したことがあります。しかし、水俣の現地にいくのは初めてでした。



屋上のモニュメント


 私たちは、まず、水俣湾に面した所に作られた、市立水俣病資料館を訪れました。隣接して国と県の施設もありました。水俣湾は、いまでは何もなかったかのようにしずかなたたずまいをみせていました。
 いわゆる箱物という施設が、隣り合わせに3つも並んでいるのを見て、すぐに「事業仕訳」という最近の流行語を思いつきました。たしかに、重複した内容も多く、統一すればもっと有効に機能できるのではないかと思い、施設の方にも意見してみましたら、「よく言われます」といっていました。3つの施設が無関係に運営されているのではなくて、調整もしておられるとのことでした。

 しかし、違った角度から考えてみると、戦後すぐから今日までの長い間、水俣病とそれを生み出した国や企業をはじめとする現代社会のシステムと、真っ向から戦ってこられた人々の願いが、こんな大きな施設を国、県、市に作らせたのだということを考えると、すごいことだと私は思いました。運営形態にはたしかに重複して改善すべき点はあるとは思いますが、一日たって、じゃあ無駄とはなんなんだと問い直すと、また考え直してしまいました。
 この建物から、水俣病の患者さんたちや、それを支援してきた世界中の人たちの叫びが聞こえるような気がします。もっともっと充実、発展させてほしいとおもいます。

 水俣湾に接した施設をあとにして、私たちはしばらく鹿児島方面に車を走らせ、「水俣病歴史考証館」をおとずれました。この施設は、水俣病患者を支えるために設立された財団法人水俣病センター相思社そうししゃに併設されている資料館です。
 館では、丁寧な説明をしていただきました。
 それに受付の机の上には、若いころ水俣の映画会でみた記憶のある土本さんの映画のDVDや、写真家の芥川仁さん、そして、アフリカの写真家のビクターマトムさん、10年前位に上映会をやった佐藤監督の「阿賀にいきる」と、私があゆんできた道程で出会った人たちの作品がたくさん並んでいました。

 館に並べられた書籍や、「怨」の黒旗、そして、さまざまな展示物を見ながら、水俣の歴史を伺って、それが決してまっすぐな道でなく、さまざまな紆余曲折を経ながら、螺旋を描くように運動が発展していったことを教えていただきました。それはまた、私が歩んできた道と同じような気がして、本当に勇気づけられました。

 いま、和解案を受け入れる流れの中で、それで終わったということではなくて、和解の成果を本当のものにするということは、いまから私たちが水俣の教訓をもっと力にしていくことと密接に関係しているようです。

 政治をつかさどる人たちのなかにいま、負の遺産を隠そうとする人たちがいます。自分たちの汚点となる歴史を改ざんしようとする人たちもいます。

 しかし、水俣は、負の遺産を、大切な「人類の教訓」「世界の財産」として、世界に広げていっています。

 帰りの車の中で、来てよかったねと語り合いました。またツイッターでフォローしていただいている方とごあいさつすることもできました。

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