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三池から今日は50年目

 今日は1960年1月25日、三井三池鉱山がロックアウトしてからちょうど50年目だそうです。福岡県に生まれて、この三池争議は忘れられない事件です。小学生だった私は、蜂の巣城に隊列を組んで連帯に出かける三池労組の人たちの姿を映すテレビの映像を今でも鮮明に思い出すことが出来ます。また国会前では樺美智子さんという女子学生が殺され、三池では久保清さんが暴力団に殺されたことも記憶に残っています。なんで?なして?と涙が流れてきたのを今でも覚えています。

 先日友人に頼まれて水俣病のために尽くされた元熊本大学の原田正純さんの本をアマゾンで注文しました。先日図書館の書架に原田先生の「炭じん爆発」という分厚い本が目に留まり、借りてかえって今読んでいました。ちょうど三池労組の所をよんでいたところ、テレビで、今日がちょうどロックアウト開始の50年目にあたるというニュースが流れていました。
 三池争議で、組合側の妥協という結末で、三井が勝って、労組が負けたといわれることがあります。しかし、三池争議が終わって何年も経たない1963年に、三井三池の三川鉱で炭塵爆発が起こります。多数の死傷者とともに、会社側の対応の悪さもあって、たくさんのCO中毒被害が生まれました。今でもたくさんの方が苦しんでいるそうです。私の周りにもその被害者がいました。原田先生の本はその三井の犯罪性を科学的に冷徹に書いておられます。企業のもうけのために、ぼろくずのように捨て去られ、世間の人の記憶からも失われかけていた問題が、どうにか裁判で和解に到達したのはほんの昨年のことでした。

 原田先生とはある飲み会で偶然お隣の席になったことがありました。原田先生についてあまり知らなかった私は、世間の医者の悪口をすこしアルコールが入っていたせいもあって、べれべらとしゃべってしまいました。そして帰宅してNHKのテレビを見ていると、その私の隣に座って飲んでいた先生が国際的にも有名な医師として画面にでていて驚いてしまいました。そしてとても恥ずかしい気持ちになりました。本当に謙虚ですばらしい生き方に私はそれ以来参ってしまいました。もっとも尊敬する先生の一人です。命の大切さを考えたきっかけも、原田先生の水俣学の本を読んだことがきっかけとなって考え始めたことです。

 その原田先生が「炭じん爆発」のなかで、本当に会社側の勝利だったのかとほんの中で問題提起されています。労組が強かったときには安全について厳しく会社側に追求して安全がある程度守られていたが、スト後の生産第一利益第一のもとに、保安のサボタージュが原因で起こしてしまった炭塵爆発で、働くものをおさえつけておこなった「合理化」で会社が得た利益以上の甚大な被害を会社側は被ってしまったではないかといわれています。あのJR西日本の尼崎脱線事故のことが重なるように思い出されます。

 それとは逆に、三池のたたかいは今でも全国の働くものの心の中に、荒木栄の歌とともに永遠に残されていくと思います。また私も福岡県に生まれたものとして、若い人にできるだけ語り継いでいかなければならないとおもいます。

 数年前友人から60年当時の80枚の貴重なポジフィルムのデジタル化を頼まれた。そのうちの何枚かを紹介します。貴重なカラー画像です。




ホッパー前の集会


デモに参加している若い娘さんはいまどうされているだろう


腰のさげもんは家族が作ってくれたお守り代わりでしょうか。


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