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奇跡と偶然の私の還暦の一年をふりかえって

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 もう今年もあと数日になりました。昨晩、今年のブログの投稿をざっと読みなおしていましたら、今年は偶然のめぐりあわせやありえない奇跡が多かったなあと改めて思いました。それで、今年あった不思議なめぐり合いを時間を追って書いてみました。

 ただの偶然だといえばそうなのでしょうけれど、あまりにも偶然が重なりすぎて忘れることのできないこの1年となりました。

 1 雪国への旅のため、自家用車のスタッドレスタイヤを購入するために、予定していたタイヤ販売店への道を間違えて、ふと目に入って偶然立ち寄った店が、これも偶然新春特売セールの最終日ということで、まったく同じタイヤとホイールのセットを予定していた金額より6万円やすく購入することができました。

 2 雪国のたびに向けて、近くの人工芝スキー場でスキーの練習を予定していました。ところが予定した日の前日に大雪が降り、人工芝の上に20?30センチほど雪が積もりました。ということで、還暦を迎えて生まれて初めて滑ることになったスキーは、人工芝のはずが本物の新雪の上で滑ることになりました。

 3 長野県の白馬の雪景色を見ようと行きましたが、前日まではまったく雪がなかったそうです。ところが前日夜になって突然雪が降り続き、白一色で雪吹雪が吹き荒れる素晴らしい白馬の景色を見ることができました。それだけでなく、新穂高ロープウェーではこんどは快晴にめぐまれ、前日までは雪が少なかった白川郷でも、集落全体がみわたせる展望台に登った瞬間に雪が降り始めまして、シャッターチャンスに恵まれました。自然は私が来るのを待っているようにその美しい姿を準備して見せてくれました。

 4 公害問題に興味を持っていた私は、長野に行くということで、できれば神通川のイタイイタイ病のあったところにも行ってみたいと思っていましたが、日程の関係であきらめていました。しかし、新穂高から高山へ向かう途中で予定していた道が次々と雪で通行止めで、結局はからずも神岡鉱山にいたり神通川沿いの道を富山に抜けることになりました。長すぎるう回路でしたが、これもなにかのめぐりあわせかなと納得してしまいました。
 5 金沢で、宿泊をどうしようかと悩んで、宿泊料は高くなるかもしれないが京都でその日は泊まろうと思って車を移動しようとしていると、ちょうど目の前に、前々日松本で宿泊した料金の安いビジネスホテルと同じ系列のビジネスホテルの看板がありました。なにかのめぐり合わせとその日は迷わすそこにとまることにしました。

 6 京都の美山に行く途中は、激しい雨で写真撮影どころではないかなとあきらめて、熊が出そうないわゆる鯖の道を車を走らせていましたが、美山の道の駅に近づいたところでぱっと青空が現れ、かやぶき集落のあるちょうどその方向に2重の虹が私を待っているかのようにかかりました。
 私が1時間ほどうろうろして撮影を終えて車に乗ろうとすると、また雨が激しく降り始めました。

 7 還暦を記念して、自動二輪の免許取得のためドライビングスクールに通いました。二輪の教習は雨の日はキャンセルが多く、土砂降りの日にスクールに行って、2時間連続で教習を受けることができました。おかげで1週間免許取得がはやくなりました。そして、ちょうど還暦の誕生日に、バイクを購入しました。自分への還暦祝いです。

 8 皆既日食のテレビ報道で「人生が変わる」という言葉を聞いて、突然公務員としての仕事を辞める決意を固めることができました。数年前から考えていたことですが、満月の日に心が動くという言い伝えのとおり、何らかの力が働いたのかもしれません。

 9 職場に退職辞令を受取りに行ったのが8月31日。ちょうどその日に民主党政権が誕生し、自民党独裁の戦後55年体制の終わりを迎えた日でした。退職を決意した日と同様、私の第三の人生の始まりを象徴するような、記憶しやすい日になりました。

 10 今年は元旦早々から雪の平尾台にいきました。市政だよりの平尾台ボランティアガイドの募集が偶然目に入り、これも何かの縁だろうとその日に申し込みました。

 11 退職して図書館で本を読むことを趣味にしていますが、高木仁三郎さんの全集を読んでいて、巻末に直接友人宅でお会いしてお話ししたこともある久米三四郎さんの文章が寄せられているのをなつかしく見ていたところ、翌日の新聞に久米さんの訃報が掲載されて驚きました。

 12 伯父が戦前「天の川」同人だったという記録を読んで調べていたころ、北九州市文学館でちょうど同じ時期に、天の川同人で北九州を代表する俳人の横山白虹さんの展覧会が開催されていました。

 13 「天の川」の破調、自由律の俳句に関心を持って、種田山頭火について調べていましたら、パソコンの勉強会の会長から、会長が所属されていられる水巻町の山頭火をしのぶグループの会の記念のスライドショーをDVDにするお手伝いを頼まれました。

 14 山頭火つながりで下関の詩人「金子みすず」の本を読み始めた次の日、毎日新聞の一面トップに、金子みすずの「みんなちがって、みんないい」をテーマに写真をあつめているという記事がでかでかと掲載されました。

 15 私は今から10数年前、小倉の砲兵工廠とその疎開先の日田の砲兵工廠の記録を調べたことがあります。日田まで行って、トンネルや学徒動員の宿泊所になっていたお寺も訪ねたこともあります。
 この秋、田川のコスモス畠の写真を撮っていた時、偶然バイクを止めて話した方が、小倉の砲兵工廠に学徒動員で行かれていて、日田へも行っていたというお話を伺うことができました。日田の砲兵工廠を知っている人もほとんどいませんから、その偶然の出会いに驚きました。
 8月9日も砲兵工廠で働いていたそうですから、原爆投下の第一目標でその日働いていた人でした。

 16 山口県の宇部市に、戦前に落盤事故で閉山された海底炭鉱の跡があると聞いてバイクを走らせた時、事故当時幼年兵として光の砲兵工廠で働いていたという地元のかたと、海中に通気口の煙突がみえる海岸でお会いしました。
 その方も、光の砲兵工廠で8月14日、米軍の最後の空襲を経験されたそうです。戦争が終わる前の日に、たくさんの学徒動員の女子学生が亡くなられたと話されていました。工廠では、特殊潜航艇を作っていたそうです。8月15日に帰宅解散ということになり故郷に帰ってみると、炭鉱は跡かたもなくなっていたそうです。


こんな具合に、なんとも感慨の深い記憶に
のこる私の還暦の一年となりました。

来年もよろしくお願いいたします。
皆様もよいお年をお迎えください

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