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夏目漱石の三四郎は福岡県人だった

 今日は製版ソフトのスクリプトの実験のために、青空文庫から夏目漱石の「三四郎」をダウンロードして、午前中ずっと勉強をしていた。瑠美《ルビ》とかかれていたら、製版ソフトのJavascriptを使った自動化プログラムで、自動的にルビ付けしようとするものだ。変換のテストでは一気にルビがつけられてアット驚いて成功した。
 それはともかく、久しぶりに読んだ「三四郎」の最初の方の一節に気をとられてしまった。列車で偶然乗り合わせた女となんとなく旅館へ向かった時の記述だ。

 三四郎は宿帳を取り上げて、福岡県京都郡真崎村小川三四郎二十三年学生と正直に書いたが、女のところへいってまったく困ってしまった。湯から出るまで待っていればよかったと思ったが、しかたがない。下女がちゃんと控えている。やむをえず同県同郡同村同姓花二十三年とでたらめを書いて渡した。そうしてしきりに団扇を使っていた。

と、三四郎の出身が福岡に設定されていることに気がついた。

 漱石と熊本県ならわかるがなぜ福岡県なんだろうと疑問を持って調べると、いろいろなことがわかってきた。三四郎のモデルが漱石の一番弟子といわれた小宮豊隆で、小宮の出身が福岡県のみやこ町だったのだ。しかもその付近を昨日バイクで道に迷って通ったばかりだったのも偶然だ。

 京都郡はプロレタリア文学作家の葉山嘉樹や堺利彦等を輩出したところでもあるから、文学とはゆかりのあるところだ。

 もっと調べてゆくと、福岡県京都郡みやこ町犀川続命院に東犀川三四郎駅(ひがしさいがわさんしろうえき)という平成筑豊鉄道田川線の無人駅がある。これも小山の出身地ということを記念して名づけられたようだ。

 私は中学から高校にかけて夏目漱石が大好きで、次々とよんだことがある。修学旅行で東京に行った折にも、丁度東京の大学に在学中の兄の案内で、三四郎の舞台となった東大の三四郎池を見に行ったほどだ。
 しかしこんな身近に三四郎ゆかりの地があろうとはいままで気がつかなかった。

 パソコンの勉強からつながって、今日はいいご当地文学散歩の題材をいただいた。いつか訪れてブログに書いてみたいと思った。
 しかし、久方ぶりに読んで三四郎のこの弱気な態度を今の若い世代は理解できるかなとかお思った。案外いまも同じような青年がいるのかもしれないが。





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