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今年の年末

 私は丑年で、新年を迎えると生まれて5回目の年男。いままで干支にはあまり関心がなかったが、この新年で還暦ということで、すこし興味を覚えていろいろと読んでみた。
 子 丑 寅 卯 辰 巳 午 未 申 酉 戌 亥 の十二支と、
 甲(こう)・乙(おつ)・丙(へい)・丁(てい)・戊(ぼ)・己(き)・庚(こう)・辛(しん)・壬(じん)・癸(き)の十干の組み合わせで古来年号が記録されてきたことは、日本史の授業で耳にしてきたが、私の生まれた昭和二十四年が、己丑 (つちのとうし)で、今年も同じということは最近はじめて知った。
 暦が戻ってきたから還暦というそうだ。十年一昔というが、六十年という時間はもっとたくさんの記憶が人々の中から消えてしまうような気がする。

 昔は還暦といえば、残された余生をどう生きるかという意味もあったようだが、最近はもっぱら第二の人生をどう生きるかという分かれ目として語られるほうが多い。
 周りの同級生を見ても、まだまだ現役でばりばりやっているものも多い。

 考えてみると、私の実の兄姉で還暦を迎えられたのは私だけなのはさびしい。十歳はなれた姉は三十九歳で、五歳離れた兄は五十三歳で失意のうちに他界した。
 その分与えられた人生を頑張らなければいけないんだろう。私の父も兄弟を比較的早く亡くして、父だけが八十歳で他界した。だから、あんたも長生きするよと言ってくれる人もいる。

 そんな風に考えたら、生かされていることに感謝でいっぱいだ。子供のころからなにかと病弱だった私が、一番長生きするんだから世の中不思議な気がする。

 戦後すぐの生まれだから、子供のころは、周り中、みんなびっくりするくらい貧乏だったし、親父からは生々しい戦争の経験も聞かされた。好奇心から、父が戦場でもらった銀と銅でできた勲章で遊んでいると、父は吐き捨てるように「ほしいならお前にやる」と言った。父から聞いた戦争の話が、いまは、「えらい」学者さんや軍人さんが簡単に嘘だといってのける。これも暦が戻っている影響なのか。

 私が育った青春時代は、世界中で若者が立ち上がった。私も何かできるのではないかとそのあらしの渦の中に飛び込んで行った。
 団塊の世代と言われ、小学校には何千人も生徒がいて、バラック建ての教室ができて、どんどん学校ができた。高度成長のなかで、私も「競争」のただなかに置かれた。両親を喜ばせたい、負けたくない、と人をおしのけてまで頑張ったかもしれない。その結果、競争が一番嫌いな人間になった。それが今度は両親を悲しませたかもしれない。

 そんな私も、定年退職まであと一年とすこしを残すだけになり、いまからの人生、何か私でもお役に立てることがないかと年賀状も書かずにぼーっと今日は考えていた。
 ちょうどテレビで宮沢賢治の生き方が放送されていた。


   雨にもまけず

       宮沢 賢治


雨にもまけず 風にもまけず
雪にも夏の暑さにもまけぬ
丈夫なからだをもち
慾はなく 決して瞋(いか)らず
いつもしずかにわらっている  
一日に玄米四合と
味噌と少しの野菜をたべ  
あらゆることを
じぶんをかんじょうに入れずに  
よくみききし わかり
そして わすれず  
野原の松の林の蔭の
小さな萱ぶきの小屋にいて  
東に病氣のこどもあれば
行って看病してやり  
西につかれた母あれば
行ってその稻の束を負い
南に死にそうな人あれば
 行って こわがらなくてもいいといい
北にけんかや そしょうがあれば
 つまらないから やめろといい
ひでりのときは なみだをながし
 さむさのなつは おろおろ あるき
みんなに でくのぼうとよばれ
 ほめられもせず くにもされず

そういうものに わたしはなりたい



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