スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

なぜ突然の裁判員制度

 私にとってはね耳に水の「裁判員制度」。ずいぶん前に国会で全会一致で通ったらしいが、私がこれを知ったのは今年がはじめて。そして候補者への通知が始まってにわかにマスコミが取りあげはじめた。
 今日、パソコン勉強会から帰ってテレビを見ているとこの裁判員制度についてNHKで討論会がライブで行われていたので、それを横目で見ながら私なりにいままで学んできたことをまとめてみた。

 確か日本は憲法で三権分立が定められていて、裁判の判決はもっぱら裁判所に限られているはずなのになぜか「無作為に抽出」された国民に強制的に裁判に参加させようとするものだ。すでに来年分の候補者に書類がとどいているという。
 ある町では、絶対に保護しなければならないその名簿に基づいて、2か月も前に候補に決まっていることを本人に連絡したというお粗末なことまでおこっている。そんなに簡単に名簿が扱われるなら、力をもった組織が、それが罪であろうがなかろうが、裁判員の名簿を手に入れて、工作することも可能だということになる。

 裁判員制度では、重大な殺人事件などの刑事事件に適用されるらしいが、数か月の公判前手続を行って、裁判で提出できる証拠を限定してしまい、裁判員が実際に目に触れ、審判の根拠にできるのは、裁判員が自分で考えた心証ではなく、手続きで提出されたものだけというのも、レールをしいた裁判の上を素人の裁判員が走らされて、「判決の正しさ」の裏付けにされるだけのようだ。
 なんだか嘘の証拠ばかりでイラク戦争に突入したアメリカ大統領のブッシュが、軍人や市民を屏風のように自分の後ろに立たせてあおりたてたあの姿を連想してしまう。

 裁判員制度の導入の理由としては、裁判に市民の感覚をいかすとか言われているが、条文ではどうもそうではないようだ。市民を権力者の側にたたせて「法治と治安維持」の大変さを教えてやるというのが私なりに翻訳したこの制度の目的みたいだ。

 いつかブログで書いた、私たちの街で起こった冤罪事件「引野口事件」を例にあげれば、数か月の公判前手続きと数日の裁判員裁判では、まちがいなく有罪となるケースだろう。えん罪を暴いたのは、家族や弁護士が独自に時間をかけて追及していった新証拠だからだ。
 裁判員にわかりやすく簡単にされた証拠からは、権力が作り出した冤罪はますます暴かれにくくなる。事実は小説より奇なることもあれば、複雑に絡み合っていることばかりだ。

 裁判に国民の意見が反映されるとはどういうことだろうか。すでに裁判への被害者参加がはじめられた。被害者の意見が反映されるとはどういうことだろうか。
 被害者にとって、交通事故であれ、殺人であれ、家族を殺した被告を殺してやりたいほど憎く思う感情は起こりがちだ。罪刑法定主義の立場にたてば、判決が家族の心情とかけ離れたものであっても不思議でない。もしあまりにもかい離しているのなら、法を変えるべきだろう。それを裁判用語は難しくて被害者の感情からかい離しているなどと考えるなら、とんでもない世の中になる。私は被害者の感情はそれはそれとして尊重すべきだと思うが、裁判に被害者を参加させようとする動は危険な方向だ。

 現在、裁判員制度には8割の国民が反対しているそうだ。こんなに反対が多い制度を国会が全会一致で法をつくったのだろうか。事情をきけば、各政党には日本弁護士会が賛成しているからという考えが背景にあって賛成に回ったようだ。ところが、裁判員制度を最初に推進した日本弁護士会でも、その会長選では、賛成派の候補と反対派の候補の票はわずかで、意見を2分しているそうだ。

 さらに、裁判員に選ばれた者とってもこの制度はとんでもない問題を含んでいる。まず、正当な理由がなく裁判員を拒否すると、罪になる。十万円以下の罰金がくる。裁判員になる過程で、かなり突っ込んだ問診が行われ、事件との関連とはいえ思想チェックまだ行われる可能性がある。たとえ死刑制度に反対していても、場合によっては強制的に死刑判決に加担させられることもある。内心の自由がおかされる。また審議の過程は一生家族であってもしゃべってはならない。(まずこれが私にとっては苦痛である、絶対にむりだ。たぶんしゃべるかもしれない。いやしゃべると思う)
 また裁判は数日間連続して行われる。いくら忙しい人でも、1日数十万円の利益をあげる営業マンであっても、正当な理由がなければ一日12000円しかもらえない。またそんな実力のあるものなら、罰金を払ってあえて裁判を欠席することもできるという不公平もある。貧しいものには10万円は厳しすぎる。零細企業の従業員なら、仕事の上でもっと複雑な思いをすることは目に見えている。虫を見るのも嫌いな人には証拠で映される現場写真は耐えられない苦痛になる。
 みんな憲法18条で定められた苦役の禁止に反することではないだろうか。

 諸外国でも陪審制度があるではないかという人がいる。しかし、この裁判員制度が作られた一つのきっかけとなったのはアメリカの日本に対する司法改革要求だったが、そのアメリカでは、陪審制度にするかどうかは被告が選択できる。また一定期間たてば、陪審員は裁判や審議の様子を本にしてお金儲けだってできる。

 ところが日本では、公開された裁判のことでさえ話すことができない。なぜなら、裁判員であったことを公開してはならないからだ。

 結局のところ、裁判員制度の目的は、不安定な治安にたいして、国民の意識を権力の側から治安を考えるように教育動員することのように思える。条文にはそうかかれている。

 私にはこの制度が、あの戦前の赤紙「徴兵」へとつながる制度のような気がする。戦後日本ではじめて国民に苦役を強制する制度だからだ。

 裁判員制度は、国会で賛成された政党は延期という言葉を使わざるを得ないだろうが、廃案しかないとおもう。またいずれ廃案にならざるをえない問題を含んだ制度だと思う。

 裁判に国民の意見を反映するなら、この制度への圧倒的な8割近い国民の反対の声をまず反映すべきだろう。

 今日の討論会では、なぜか制度推進派がすこしおおかった。しかし、町の意見は大半が反対であった。
 今日の討論を企画したNHKの紅白に今年はさだまさしさんの名がないそうだ。さだまさしさんは裁判員制度に反対する書籍に意見を掲載したそうだ。もし、今年の紅白の審査員に最高裁長官なんかがえらばれていたら、NHKの姿勢を疑われてもしかたがないであろう。そういう噂がネットで流れている。

コメントの投稿

非公開コメント

FC2カウンター
プロフィール

dongwcat

Author:dongwcat
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。