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どんぐりと山猫について

 サイト名やインターネット上のハンドルネームとして、団栗と山猫を使わせていただいているのに、まだ、この宮沢賢治の童話と私の出会いを詳しく語ったことがない。今日は、先ほど出先から帰ってきて、すこし寝付けないのでこの辺のいきさつをちょっと書いてみたい。

 私がこの「団栗と山猫」という童話と出会ったのは、中学3年の国語の時間だった。国語の教師が、教科書ではないいわゆる自主教材として配ったプリントが、この宮沢賢治の「団栗と山猫」だった。授業中何度も読み返されて、お前はどう思うとその教師に名指しで感想を問われた。当時は、なんだかわけのわからないへんな童話だなあと思うし、読んでみて不安になった記憶がある。それがいまだになぜだかわからない。そして、もう一人たたされたのが、当時私が気になっていたクラスメートであった。そして彼女も教師の問いにきょとんとしたままだった。そのときの場の共有感がなぜか忘れられずに私の中に残ったままなのだ。その後彼女となにか特別な出来事でもあったのならわかるのだが、そうでもないのに、このときのなんとも言いようもない2人の立場が、今も私の頭の中に残ってしまっている。

 宮沢賢治は、私の中では、他の日本の童話作家の小川未明や坪田譲二の作品とはちがって、別の位置をしめている。簡単にいえば、後者の人たちが、子どもの目を通した大人の社会との接点、あるいは子どもの感覚を描いたのに対して、賢治の作品は、「どうどどどどう」だの、「つめ草の野原」だの「銀河」だの、突然「オッペルときたら」に始まる言葉のリズムそのもの、情景そのものが頭のなかに焼きついてしまっている。そしてその背景に、自然の覆しようもない雄大さや、人間の無力さ、そして、誠実に常に積み重ねていくことの大事さ、生きることの意味と、賢治が語りもしないキーワードが次々と出てくるのだ。そして、なぜだろうとかんがえてしまう。
 その辺が、教師の問いに答えられなかった原因かもしれない。

 高校にはいって、そのころはまだ塾などは一般的でなかったこともあって、Z会という受験勉強のの通信添削をしていた。そのときの投稿名が、私が自分のことを「どんぐりと山猫」と呼んだ最初だった。そして、投稿したテストがいい成績を収めると帰って来る冊子にその名前がのって、励みになるという仕掛けだった。
 その後学生時代、同じくZ会の添削をしていたという友人から、『君が「団栗と山猫」だったの、見たことがあるよ』といわれてうれしくなったこともあり、ハンドルネームが必要なときはこの「団栗と山猫」を使うようになった。動機は単純だ。

 ニフティーサーブや、ヨミネットなどの時代からインターネットが始まり、これは面白いと飛びついたとき、donguri というIDを取得したはじめだった。今は北九州にあるかどうかわからないが、donguri@ask.or.jp というのが私の始めてのインターネット上のメールアドレスだった。そして今の dong-wcatのIDにいたっている。

 最近、また気になって作品を読み直してみた。作品が素直に読めるようになっている。賢治は、他人の弱さと、自然や人間、動物や植物への無償の献身の大切さを訴えているような気がした。一度はどんぐりの背比べのくだらない喧嘩の仲裁を頼まれた三郎が、2度と山猫から手紙が来なかったという、なんだかむなしい気持ちが読み終えた私のなかに余韻として今ものこっている。もしかしたら、私は賢治が多くの賢治の批評家が論じているように複雑なことを訴えているのではなく、素直な感じるところを書き綴っているだけではないのだろうかと思い始めた。

 そんな賢治の姿勢を感じ始めてから、私は賢治がもっと今は好きになっている。
自分のために生きよと教え、他人のために自然のあるがままに生きることがややもすれば偽善だとされる今日に、賢治は強く警鐘を鳴らし続けているのだろうと思う。

 今の私には、あの若くしてこの世を去ったにもかかわらず、賢治ほど生きる意味、そして生きる勇気と確信を与えてくれる作家はいない。

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