スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

公園の草取りに挑戦


 草取りで大活躍のステーキホー
 我が家の土地は23坪でそのうちの15坪を家屋が占領してしまって、ほとんど庭というものがない。それでも先祖代々伝えられた土地なので、狭いながらも離れたくない愛すべき私たち家族のよりどころでもある。道路に面した所に少しばかりの植栽をもうけて楽しんでいる。というところで庭いじりといってもすぐに終わってしまう。

 血糖値低下とメタボ防止になにかできないかと、三週間前から仕事が終わって夕方の毎日1時間余り、近くの公園の草取りをはじめた。ご近所は古い町並みで高齢化がすすみ、町内の草取りでも60歳にあとわずかの私が、集まる人たちのなかでも最年少に近い。そのため、何人かのボランティアーの方が毎日欠かさず花壇の手入れなどされておられてはいるが、花壇のないところは丈の高い草が生い茂って、犬の散歩もしにくく、フンをしてもかたずけがままならなかった荒れた公園だった。
 というわけで始めた草取りではあったが、ひとりで少しずつ草を刈るのだから、1日にできるのは大きな公園のほんのわずかな部分だ。本当にできるのかとおもったこともたびたびだった。大袈裟ではあるが、中国の「愚公山をうつす」ということわざや、耶馬渓の青の洞門を掘り進んだ僧のことなんかを思い起こして、頑張ろうと続けた。簡単にいえば意地になって3週間続けた。その結果相当に広い部分がすっきりした。そして、昨日は自治区会の方々とともに、一気にきれいになった。やはりみんなでやれば速い。

 最初刈り始めた部分は、20日もたてばまた草がはえてきている。草取りというのは本当に途方もない作業でもある。それをまた刈る。「なんと無駄な繰返しを俺はやってるんだ」とおもうこともあった。しかし、「これが無駄なら人間の一生だってもっと無駄じゃないの」と自分で反論する。

 19世紀の産業革命以来、私たちは何度も何度も繰り返されることを無駄だと感じるようにしつけられ、どんどん新しいものを作ることが素晴らしいことだと教えられてきた。このわずか200年ばかりの価値観が私たちを支配して、「進歩教」の信者は増え続けて、毎年毎年同じことを繰り返してきた農業はすたれた。

 草を刈っているあいだ、いろいろな方が通過していく。幼児、目の不自由な方、犬の散歩をする人、公園で野宿する人、若い恋人たちとさまざまな人が通り過ぎた。考えてみれば、私の子どものころは、塾もスポーツクラブもなくて、学校が終わると公園で三角ベースの野球や釘さし、陣取り、ビー玉に興じたものだった。しかし、小学校の低学年の子どもたちは何人か訪れたが、それ以上の子どもたちをあまりみかけなかった。たぶん、塾やスポーツクラブにいったり、家の中でゲームをしたりしているのだろう。
 自治区会のお世話をされている方のお話では、公園の遊具が次々と危険だとしてなくなっていくという。そういえば、子どものころは、シーソーやゆりかご、ジャングルジムなどたくさんの遊具があった。最近、滑り台のペンキを塗り替えたら、幼児の親から、「滑りすぎて危ないからどうにかならないか」と苦情が寄せられたという。
 こんな状態だから公園が草ぼうぼうになり、人があつまらなくなる。

 ということで、公園の草取りでしんどい日も確かにあったが、体重の増加は抑えられて、血行もよくなり、しかも通りかかるいろいろな人と話ができて、いろいろなことが見えてきた。

 なんども繰り返して続けることの大切さをかんじた3週間だった。

コメントの投稿

非公開コメント

FC2カウンター
プロフィール

dongwcat

Author:dongwcat
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。