スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

黒崎宿・藤田からアーケードが消える日

 大店法が2000年に廃止されて、どの地方都市と同様に、いままで土地の人が愛し続けた商店街に次々とシャッターが下ろされてしまった。駅前にはそごうデパートが作られ、そして、無責任にも撤退した。郊外には、無原則に大規模店舗が作られ、競争原理のもとに営々と続けられてきた商店街の人々の生活を奪ってしまった。
 ここ北九州市八幡西区の藤田銀天街も、60年代には歩くのにも肩が触れ合うような賑わい、アーケードが雨から買い物客を守ってきた。
 しかし最近では、営業を続ける店も数件になり、明るい銀天も今では薄暗い回廊へとかわってしまっていた。

 江戸時代には、藤田銀天街から熊手に旧街道がつづき、藤田は黒崎宿の中心で、戦後もにぎわいをみせた藤田も、かつての繁栄の象徴である銀天(アーケード)をいよいよ取り外す工事にはいった。

 アーケードが完成したために、黒崎祇園山笠の高さが低くなったことを今でも覚えている。

 私が小学校のころは、提灯屋、下駄屋、洋服、メガネ、果物屋、魚屋、トランプを売っている店、化粧品店と賑わいを見せた銀天街も、ほとんどが空き地になり、シャッターが下ろされたままになったりで、今ではかつて店を営んでいた近所のおじさんや同級生の姿も見ることがなくなってしまった。

 何度も再開発の計画が生まれ、潰れてきた。今度はどうなるのだろうか。宿場の雰囲気をつくる古風な街灯だけが作られるという話だけはいまも営業を続けている質屋さんのお父さんから聞くことができた。

 銀天が外された通りはどうなるのか想像がつかないが、いつか昔のにぎわいを取り戻してほしいと思う。


アーケードの撤去が決まった、今日の藤田銀天街の入り口

コメントの投稿

非公開コメント

FC2カウンター
プロフィール

dongwcat

Author:dongwcat
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。