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JR荒木駅構内から基準値の95倍のダイオキシン

 私が環境問題や社会問題を考えるきっかけとなったのは、福岡県久留米市荒木町の農薬工場の汚染問題とのかかわりだった。荒木駅は戦前は陸軍の配送基地で、日本一長いホームがあるところだった。私がはじめて訪れたころは、駅のホームには自衛隊の戦車や大砲が貨車にのせられてホームにおいてあった。その駅のうらに三井化学の子会社の農薬工場がたってから、付近の住民の健康被害がはじまり、隠されていたが、普通では考えられないほどの異常分娩の噂がながれ、井戸水を飲んだ住民からさまざまな健康被害が訴えられた。
 原告の清川さんは
■この27年もの歳月を費やした後の結末、最高裁判決が教えたのは、法律を司る者たちの、人間の尊厳を損なう無責任から発せられた以外の何ものでもありません。三光化学、三西化学、三井東圧化学ら企業は、何をやっても、どんな悪いことやってもいい、ということでした。住民たちは、企業の利益のためには、生活権も、人権も、家族の健康も守ることはできない、ということでした。(原告清川 正三子)
 とその長い裁判を振り返って語っている。

 また、水俣病の原田先生は

■農薬工場の汚染によって付近の住民が健康被害をもたらしたわが国最初にして最後の裁判であった。裁判所も権威に弱く、孤独にただ一人で資本や行政と闘っている弱者の見方ではなかった。裁判には負けたが、この裁判によって多くの事実が明らかになり、多くの教訓を残した。たとえば、現在の問題になっている長期微量、複合汚染による慢性、遅発性影響の問題や、ダイオキシン、環境ホルモン(外因性内分泌錯乱物質)の問題を先取りした先見性のある事件であった。(熊本学園大学教授原田 正純)

 とその裁判の重要性を報告集のなかで語られている。

 ある意味では日本で初めてのダイオキシン裁判だったのかもしれない。同じダイオキシンの被害であるカネミライスオイルの被害で苦しんだ私が、このたたかいにかかわることができたのは、運命的だったのかもしれない。この春も、清川さんに「すこしでもこの農薬被害の問題にかかわれたのが、いまの自分を決めたかもしれない」と電話ではなした。裁判は最高裁で敗訴ということになったが、私は、裁判が正義だとはけっしておもわない。

 そして、今日の毎日新聞夕刊に、新幹線の工事に入る荒木駅の構内から通常値の95倍をこえるダイオキシンが検出されたかかれていた。なんと、いまになって、半径200メートルいないの家庭は井戸水を飲まないようにとの県が注意を促しているという。まったくの犯罪以外のなにものでもない。
 40年間も住民の訴えに耳を貸そうとしなかった県が、なにを今さらである。原告の清川さんの家は、当時は駅のすぐ隣の時計屋さんだった。いまでも基準値の95倍であるから、当時はどうであったかは想像にかたくない。

 数年前、私は荒木駅の周りを歩いてみた。すると、いまだに工場は買い手がなくてそのままで、工場を囲むフェンスの周りの薔薇の花が、異常な形をしているのを発見した。いまだに工場の中からは農薬PCP(MO)の匂いがしてきた。

 この工場でベトちゃんドクちゃんで世界中で有名になったベトナムで撒かれた枯葉剤2-4-5-Tが作られていたことは知る人ぞ知る秘密だ。そして、卑怯にも裁判が終わるや、三井化学は農薬MOにダイオキシンが含まれていることを認めた。

 裁判では訴えは退けられたが、歴史は清川さんの命がけの訴に判決を下したと言えるのではないだろうか。

http://www.asahi.com/national/update/0901/SEB200709010018.html?ref=rss

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