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カネミライスオイル事件39年目の新展開「救済法」成立におもう

 今朝の新聞に、カネミライスオイル事件の救済法の成立が報道されていた。いままで油症とたたかってこられたすべての人たちの力でこの法律ができたことはまちがいなく、非常に喜ばしいことだ。

 先日、神奈川にすんでいる39歳でなくなった姉のつれあいにある用事で電話をした。そのおり、姉の死因は、お産で帰郷した時に食べたカネミ油が原因ではないか伝えた。義兄はそれをきいておどろいた。はじめて聞く事実だった。
「いまさらわかってもしかたのないことですけど」
とその事実を伝えると、当時やりての営業マン・企業戦士だった義兄は
「私が仕事ばかりだったから死なせてしまったといままで思っていたが、原因がわかりすこし肩の荷がおりました。墓前でかならずその旨を伝えておきます」
とこたえてくれた。

 姉は義兄の仕事の関係で北海道釧路にいたとき、原因不明の肺水腫となった。治療法を探して、その病気の名医がおられるという福岡の国立病院に釧路の病院の看護婦さんに付き添われて転院し、父と母は病院の近くに部屋を借りてまで数か月看病したが、そのかいもなく中学生、小学生の娘二人を残してあまりにも短い一生を終えた。

 姉の死因がカネミ油症ではないかと確信したのは、最近のNHKのテレビで報道されたカネミ油症とたたかう長崎の宿輪さんという女性のドキュメンタリーを見たのがきっかけだった。番組を見て、インターネットでカネミ油症について検索すると、肺水腫で亡くなった方がたくさんおられるという記事を見つけたのがきっかけだ。思えば長女出産のおり、すこし色が黒いねとみんなで言ったのも思い起こされた。

 私自身は、若い時の皮膚症状などで、ほぼカネミ油症だったのではないかと思っていたが、同時期にカネミ油を食べた、父母や姉に、皮膚症状が顕著に表れなかったので自分だけが若くて新陳代謝が激しいから油症の症状が出たのだろうと思っていた。しかし、資料を調べていくうちに、油症でなくなられた方が肺水腫でなくなられた方がたくさんいるいう記事にであったのだ。

 父や母に症状がなかったと思っていたら、症例を調べていくうちに、手足のしびれをいつもうったえていた父や、大きく円形に髪の毛が抜け「ストレスからだろうと」と医者にいわれた母のことを思い出した。すべてがカネミと無関係ではなかったのかとおもった。そして父は肺がんで、母は、腎臓と骨髄内のがんで死んでいった。

 カネミ油症の複雑なところは、認定の基準が科学的に確立していないところだろう。新聞報道でも1万人以上の未認定患者がいると報道されているというし、私たち家族のように、認定申請もしていない家族もたくさんいると思う。同じ油をたべた家族のなかに、認定患者と未認定患者がいるということも、まったく矛盾したことだ。

 私自身の問題ではいまさら認定などいらないと思っている。そのために、いろいろな環境・公害の問題にもかかわってきた。
 カネミ油症問題の本当の解決は、被害者にもれなく保障すること以上に、2度とこのような事件を私たちが社会が起こさないようにすることだと私は思う。その意味では、解決への道ははじまったばかりかもしれない。


 

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